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東京高等裁判所 平成元年(ネ)3034号 判決 1990年7月12日

東京都東久留米市前沢三丁目十四番十六号

控訴人

ダイワ精工株式会社

右代表者代表取締役

森秀太郎

右訴訟代理人弁護士

松井康治

大阪府堺市老松町三丁目七七番地

被控訴人

島野工業株式会社

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

今中利昭

吉村洋

浦田和栄

松本司

森島徹

豊島秀郎

辻川正人

東風龍明

右補佐人弁理士

津田直久

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、原判決添附目録記載の魚釣用スピニングリールを製造販売してはならない。

3  被控訴人は、控訴人に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年七月一二日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行の宣言。

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次に付加するほかは、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。

一  (控訴人の主張)

原判決は、「本件考案の構成要件ハの魚釣用スピニングリールのドラグ調整装置とは、魚釣用スピニングリールのスプール又はローター等に、制動板又は摩擦体を押し付ける等の手段により、所望の強さの制動を予めかけておく装置のことである。他方、被控訴人製品におけるブレーキレバー装置は、ブレーキレバーを操作しない限り制動力が加わらないようにしておき、必要に応じ任意にこれを引くことによりブレーキ力を加える装置である。したがつて、ブレーキレバー装置は、ドラグ調整装置に含まれず、その作用効果も異なるものである。また、スプール又はローターの逆転に抵抗を与えることによつて、釣糸の引きずるような繰り出し(ドラグ効果)を調整するための手段であれば、これをすべてドラグ調整装置ということはできない。」と認定、判断している。

しかしながら、「ドラグ」とは、辞典(甲第二四号証、甲第二五号証の各二)や公報(甲第二六号証、乙第八号証)、釣り専門雑誌(甲第二七号証、甲第二八号証、甲第二九号証、甲第五二号証の各二)等の記載から明らかなように、リールのスプール又はローターの逆回転を「制動」(プレーキ)調整する意味、又は制動を調整するための「制動装置」の意味と解され、「ドラグ」には予め設定された制動の意味はない。原判決は、装置の名称について「制動板又は摩擦体による制動力を予め設定した強さでローター又はスプールに与え、その逆転を制動する構造のものは、『ドラグ調整装置』、『ドラグ機構』、『ひきずり(ドラグ)装置』、『ドラグつまみと摩擦体』等といい、魚釣の状況に応じて任意にブレーキレバーを操作して制動片を制動盤等に接触させて、釣糸の繰り出しを制動する構造のものは、単に『制動装置』、『制御装置』、『ブレーキレバー』、『ブレーキ機構』、『制動調整装置』等といい、これをドラグ調整装置又はドラグ装置等と呼ぶことはない。」と認定、判断しているが、甲第三〇号証ないし甲第五〇号証の各公報に記載されているリールの構造は原判決の基準によつて区別すると、「ドラグ調整装置」、「ドラグ機構」ということになるにも拘らず、右各公報に記載されている名称は、「ブレーキ装置(機構)」、「制動装置」、「制動調節装置」、「回転調節装置」等となつている。

このように、リールにおいて釣糸に制動を与える装置の名称としては、「ドラグ装置」のほかに「制動装置」、「制御装置」、「ブレーキ装置」、「制動調整装置」等多様で、その何れの名称を用いるかは出願人の任意であり、まちまちであつたが、その意味するところのものは「釣糸に制動力を与えるような装置」ということであり、それ以外に特に意味するものはなく、これら名称をブレーキ装置の構造、機能と関連付けて区別して用いられた事実はないのである。

したがつて、原判決のように、「ドラグ調整装置」と「ブレーキレバー装置」とを対立的に対比してみても無意味である。本件考案の「ドラグ調整装置」は、登録請求の範囲に記載されたとおりの「ローターの後部に形成された凹陥部にローターの逆転時のみ係合して回動する円盤を設けると共に」、「該円盤に制動部材を筐体に支承された操作杆で圧接自在に形成した」との構成要件によつて明瞭にされているから、被控訴人製品はこの構成要件との対比によつて判断されなければならない。してみると、被控訴人製品は右構成要件を充足しているから、本件考案の技術的範囲に属するものである。

二  (被控訴人)

原判決が、本件考案における構成要件ハの「ドラグ調整装置」が「所望の強さの制動を予めかけておく装置」であると認定したのは、単にその装置名称のみからではなく、明細書の記載から、本件考案は制動力を所望の強さに設定するようにした従来例のドラグ調整装置を改良し、ローターを固定しなくとも強弱両方の任意のドラグ制動調整が自在にでき、また、ローターにドラグ機構による不必要な慣性が負荷されずに、ハンドルによるローター回転操作を迅速かつ円滑にするべく、円盤を逆転時にのみ係合してローターと一体に回転するように構成したことを基にして認定しているものである。

また、甲第七号証、第八号証、第一三号証ないし第一五号証、第一八号証、第二一号証、乙第一号証ないし第三号証、第五号証、第六号証、第一一号証ないし第三三号証(枝番を含む)についての原判決の認定に誤りはなく、これら各証拠の記載からして、ドラグ調整装置とは、魚釣用スピニングリール又はローター等に、制動板又は摩擦体を押し付ける等の手段により、所望の強さの制動を予めかけておく装置であり、ブレーキレバー操作により制動力を作用させ、操作の開放で制動力を解除するようにしたブレーキレバー装置とは、その構造、機能を異にするものであると認めることができる。

第三  証拠関係

本件記録中の原審及び当審における書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は棄却すべきものと判断するが、その理由は、左のとおり附加、訂正するほか、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決第三六頁第八行目の「ドラグ調整装置」とあるのを「ドラグ制動装置」と改める。

二  同第三七頁第一行目の「第一八号証」の次に、「第三〇号証ないし第五〇号証」を挿入し、同頁第四行目の「いずれも」より同第六頁「等といい」までを、「単にこれを「ブレーキ装置」、「ブレーキ機構」、「制動装置」、あるいは「制動力調節装置」等といつているものもあるが、なかにはこれを「ドラグ調整装置」「ドラグ機構」「ひきずり(ドラグ)装置」又は「ドラグつまみと摩擦体」等といつているものがあるのに対し」と改める。

三  同第三九頁第七行「・・・思いのまま」の次に、「自動的なドラグと異なり、レバーブレーキは釣人の指先加減によるドラグコントロールを可能にしたのです」を挿入する。

四  控訴人は、「ドラグ」とはリールのスプール又はローターの逆回転を制動(ブレーキ)調整する意味、又は制動を調整するための「制動装置」の意味と解され、「ドラグ」には予め設定された制動の意味はなく、本件考案の「ドラグ調整装置」とは、「ローターの後部に形成された凹陥部にローターの逆転時のみ係合して回動する円盤を設けると共に、該円盤に制動部材を筐体に支承された操作杆で圧接自在に形成した」との構成要件を有する制動装置である旨主張する。

確かに、成立に争いのない甲第二四号証、第二五号証の各二によれば、「ドラグ」の語意自体は「リールの制動装置」であるが、成立に争いのない甲第一三号証ないし第一五号証、第一八号証、第二一号証、乙第一号証ないし第三号証、第五、第六号証、第一一号証ないし第一九号証、第三〇号証によれば、リールの制動装置において、スプール又はローター等に制動板又は摩擦体を押し付ける等の手段により、所望の強さの制動を予めかけておく装置を「ドラグ調整装置」、「ドラグ機構」あるいは「ドラグ装置」等と称していることがあるのに対し、魚釣の状況に応じて任意にブレーキレバーを操作して制動片を制動盤等に接触させて、釣糸の繰出しを制動する構造のものを右のように呼ぶことはないことが認められ、右事実からすると、「ドラグ」とは、単にリールの制動、あるいは制動装置を意味するのに対し、「ドラグ調整装置」といわれる場合は、スプール又はローター等に制動板または摩擦体を押し付ける等の手段により、所望の強さの制動を予めかけておくという、制動装置における一形態のものを示しているものであると認められる。

したがつて、本件考案の構成要件は、「ローターの後部に形成された凹陥部にローターの逆転時のみ係合して回動する円盤を設けると共に、該円盤に制動部材を筐体に支承された操作杆で圧接自在に形成した制動装置である」とし、この構成要件と被控訴人製品とを対比しようとする控訴人の主張は採用し得ない。

第二  そうすると、原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 竹田稔 裁判官 岩田嘉彦)

平成元年(ネ)第三〇三四号

決定

控訴人 ダイワ精工株式会社

被控訴人 島野工業 株式会社

右当事者間の実用新案権侵害差止等請求控訴事件について、判決に明白な誤謬があったので、左のとおり更正する。

主文

本件について当裁判所が平成二年七月一二日言渡した判決の当事者の表示中「被控訴人島野工業株式会社」のつぎに「右代表者代表取締役、島野尚三」を加入する。

平成二年七月一二日

東京高等裁判所第六民事部

裁判長裁判官 藤井俊彦

裁判官 竹田稔

裁判官 岩田嘉彦

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